龍馬伝第38話「霧島の誓い」を、さっきビデオで見ました。
龍馬とお龍の新婚旅行とか、幕府の長州征伐とかよりも注目していたのは、長崎の芸子 お元の着物。
多分、あれは長襦袢の上に単の着物を着て、更に上から伊達衿を付けた単の着物を着ていたのだと思います。(まさか上の着物は袷ではあるまい。暑いぞ)
芸子だから出来ることでしょう。
通常の女性の着物は、おはしょり(帯下の重なった部分)があります。ですので、着物の重ね着となると、おはしょりの始末が出来ません。
芸子の着方ですと、おはしょりを作らずに流しますので、重ね着も出来るわけです。(だからお引摺りになります)
照明を落としたシーンでしたので全体的に暗く、「うを~お元の着物、どうなっとんじゃ~」とガン見してました。
多分、そんなに間違ってないと思いますー
モデルを権現にしたのは、彼の髪型が説明図の描くのに邪魔にならんだろうと選択しました。サンシャインを描いてから、彼の女装に抵抗無くなったよ・・・(笑)
あ、単か袷なのかは、裾を見ればわかるか。今、気付きました。
龍馬が新婚旅行の先駆けであったのは知っていました。場所が霧島なのも知っていましたが、何故霧島を選んだのかは知りませんでした。
湯治だったのか。
霧島連山の高千穂は地元九州ですので何度か行っていますが、自動車酔いの思い出しかないなあ(笑)
子供の頃は車酔いが酷くて、自動車での遠出が億劫でしたよ。
これが驚いたことに、自分で運転するようになってからピタリと止まりました。まあ、運転していたら酔う暇なんてないですから(笑)
薩長同盟によって大きく日本が動き出した様がわかりますが、管理人は鎖国自体はそこまで悪いことではなかったと評価してます。
もちろん、国際化に乗り遅れた原因ではありますが、鎖国したからこそ、日本独特の文化が生まれ根付いたとも言えるのではないでしょうか。
現代の世界情勢では、他国との関わりを断つのは難しいですが、当時であったからこそ実行可能だったのでしょう。
この数年後、龍馬は暗殺されますが、もし彼が生きていたら、日本はもっと早く開国していただろうと言われていますね。
しかし、改めて思うに、よく今まで植民地を逃れたものだなあ。こんなに国力が無いのに。
アメージング・ニッポン。
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